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アニー・リーボヴィッツ-レンズの向こうの人生

AFP BBNewsが、ローリング・ストーンズの写真も撮影した女性フォトグラファー、アニー・リーボヴィッツの特集をしています。
以下、全文引用。
1980年の暗殺の数時間前に撮影された、裸でオノ・ヨーコに寄り添うジョン・レノン。世界中に大論争を巻き起こした妊娠中のデミ・ムーア。それぞれ、ローリングストーン誌とヴァニティフェア誌を飾ったこの2枚の写真は、数々の作品を抑え、米国雑誌編集者協会が発表した「過去40年間の雑誌表紙ランキング40(1965-2005)」1位と2位に輝いた。
この2作品を撮影した写真家の名はアニー・リーボヴィッツ(Annie Leibovitz)。ニューヨークを拠点に活動するフォトグラファーであり、故スーザン・ソンタグのパートナーであり、3人の子供を持つ母親でもある。
アニーは、米国空軍に勤めていた父と、家族写真を撮るのが大好きだったモダン・ダンサーの母の間に生まれた。サンフランシスコの美術学校で絵画を勉強するかたわら、夜間授業で選択した写真の魅力にはまり作品制作に没頭。弱冠20歳にしてローリングストーン誌でフォトグラファーとしてのキャリアをスタートした。その後10年間同誌で活躍。142枚におよぶカバーを手掛け、ジョン・レノンのポートレートから、ストーンズのツアー・ドキュメンタリー、リチャード・ニクソンの退陣など、人々の記憶に残る写真を多く生み出し、ロック写真家としての確固たる地位を築いた。
30代を迎えた1983年、復刊したヴァニティフェア誌に移籍。撮影対象をミュージシャンからセレブリティ全般に広げた。それまでファッションに興味がなかったが、名声を白紙にするつもりで猛然と勉強したという。周到に計算したセットで決定的瞬間を自ら創り出し、ひとりの人間として被写体と真摯に向き合ったアニーの写真は、セレブたちの思いもしない表情を引き出すことに成功した。
映画スター、ミュージシャン、政治家、実業家、ダンサー、スポーツ選手・・・。様々な人物を撮影する中、1989年に『写真論』で知られる作家/批評家のスーザン・ソンタグと著者近影をきっかけに運命的な出会いを果たす。恋人であり師弟という関係を結んだソンタグの影響で、ソビエト軍に包囲されたサラエボに出向き撮影を行うなど、写真家として新たな道を開いた。
しかし、互いに影響し合いながら共に歩んだ最愛の人は、04年に闘病の末死去。パートナーとの別れ、50歳を過ぎての出産と子育て、次々と舞い込む大きな仕事。しかし、アニーは決して立ち止まることなく、まっすぐに世界と向き合い前進してゆく。07年には、米国フォト・イメージ・オブ・ザ・イヤーのコマーシャル部門を受賞した。「死にゆくその日も写真を撮っていたい」という言葉どおり、これからも見る者の心を深く揺さぶる写真を世に送り出し続けてくれることだろう。
'08年2月には、「アニー・リーボヴィッツ レンズの向こうの人生」というタイトルの映画が公開されることも決定しており、同サイトでは彼女の被写体となったスター達のインタビューをほんの少しだけ見ることが出来ます。
ローリング・ストーンズのミック・ジャガー、キース・リチャーズも出ていましたよ。

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